【食と暮らしのコラム 第22話】

はじめに

「健康のために、水をこまめに飲むようにしています」

「デスクには、いつもペットボトルを置いています」

日常会話の中で、こうした意識の高い声をよく耳にします。

もちろん、必要な量は体格やその日の体調によって変わるものですが、水分補給の重要性は、すでに多くの人に浸透していると言っていいでしょう。

 

けれど、これだけ水を飲んでいるにもかかわらず

「夕方になると、なんとなく重だるく感じる」

「立ち上がると一瞬違和感を覚えることがある」

「肌の乾燥が気になりやすい」

「集中力が続かず、ぼんやりしてしまう」

もちろん、こうした感覚には、その日の過ごし方や体調など、さまざまな背景が重なることもあります。

その中の一つとして、水分のとり方が影響していると感じる人もいます。

 

ここで一度、立ち止まって問い直してみたいのは、「水を飲んでいるか(Quantity)」ではなく、「その水分が、体の中で活用されやすい状態になっているか(Quality)」という視点です。

水分不足というと、炎天下で汗をかいたときや、激しいスポーツの後といった劇的な場面を思い浮かべがちです。

しかし実際には、もっと静かで、自覚症状の出にくい体調変化が、日常の中で重なることがあります。

今回は、飲んでいるはずなのに潤わないという感覚に目を向けながら、体を潤しやすくするための考え方についてお話しします。

1.「足りていないかも」と感じる、その手前

ここで、「脱水」という言葉について、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

一般に「脱水症」と呼ばれる状態は、体の中の水分が大きく失われ、日常生活に支障が出るほどの不調を伴うことがあるとされています。

こうした場合には、状況に応じた早めの対処が意識されることもあります。

一方で、今回私たちが向き合いたいのは、そこまで明確な不調が現れる前の、もう少しあいまいな領域です。

医学的な診断名がつくものではありませんが、一般に「隠れ脱水」と呼ばれるのは、日々の水分のとり方や生活リズムによって、「なんとなく足りていないかも」と感じることがある状態を表した、日常的な言い方です。

 

この段階では、劇的なサインは出ません。

  • 喉はそれほど渇いていない
  • トイレの回数も極端には減っていない
  • 水やお茶も、それなりに飲んでいる

しかし、体の中では、体調や生活リズムによって、水分バランスが乱れやすい日が重なることもあります。

 

日常の中でも、体の水分がわずかに変化しただけで、集中しづらく感じたり、作業がはかどらないと感じる人は少なくありません。

もちろん感じ方には個人差がありますが、喉の渇きは、体が何かを欲しているサインとして感じられることもあります。

気づいたタイミングで、無理のない範囲で補う意識があると、日々のセルフケアとして取り入れやすいでしょう。

2.水は『飲めば使われる』わけではない

なぜ、水を飲んでいるのに体の中でうまく活用されにくいことがあるのでしょうか。

よくあるイメージとして「水は飲めばそのまま体に行き渡る」と考えがちですが、実際には体の状態や摂り方で活用のされ方が変わることがあります。

人の体は、ただ水を入れるための容器ではありません。

コップに水を注げば水はたまりますが、人体という複雑なシステムの中に水を留めるには、「水を捕まえておく材料」が必要になります。

 

①電解質(ミネラル)という磁石

水は体の中で、塩分やミネラルとのバランスをとりながら、行き来しているとイメージすると分かりやすいかもしれません。

水を一度にたくさん飲んだとき、人によっては「あまり体に残らなかった気がする」と感じることもあります。

これは体調や飲み方による感覚の違いとも考えられます。

 

②タンパク質というスポンジ

体の中では、食事からとるたんぱく質も水分のめぐりに関わっています。

食事量が少ない日が続いたり、栄養が偏りがちになると、水分のバランスが取りにくいと感じる人もいます。

人によっては、体が重たく感じたり、すっきりしない感覚につながることもあるようです。

こうした状態が長く続く場合は、生活全体を振り返るきっかけにしてみるのも一つです。

 

➂糖質という運び屋

水分は、ほんの少しの糖分などと一緒にとることで、体になじみやすいと感じる人もいます。

スポーツドリンクは、そうした飲みやすさを意識して作られている飲み物の一つです。

ただ、日常生活では必ずしも必要というわけではなく、汗を多くかいたときなど、場面に応じて使い分ける意識があると安心です。

 

つまり、水を飲むこと自体はとても大切ですが、食事の内容や体調との組み合わせによって、「体にとどまりやすい」と感じるかどうかが変わることもあります。

3.「飲んでいるつもり」をつくる日常の落とし穴

「水分補給なら、コーヒーや緑茶で十分とっています」 そう思う方も多いかもしれません。

■カフェインとの付き合い方

コーヒーやお茶は日常に欠かせない存在ですが、人によっては「飲むとトイレが近くなる」と感じることもあります。

いつもの習慣として楽しんでいる分には気にならない場合も多い一方で、気分や体調に合わせて、水やノンカフェインの飲み物を挟んでみるのも、無理のない工夫と言えるでしょう。

 

■食事量の減少と「食べる水分」

そして意外と見落とされがちなのが、「食事」もまた、私たちが水分をとる大切な場面の一つだということです。

毎日の食事には、飲み物とは別に、自然と水分が含まれています。

ご飯やパンにも水分はありますし、野菜や果物は、食べるだけで体にうるおいを届けてくれる存在です。

さらに、食事をとることで体の中で生まれる水分もあり、私たちは知らず知らずのうちに「食べながら水分補給」をしています。

  • 食べる量や内容が、日によって偏りやすい
  • 忙しさから、食事に手をかける余裕が少ない日が続く

こうした食生活が続くと、飲み物だけで水分を補おうとしても、どこか物足りなく感じることがあります。

お味噌汁やスープなどの汁物は、食事の中で自然に水分をとりやすい工夫の一つです。体調や生活スタイルに合わせて、無理のない形で取り入れてみてください。

4.栄養士の視点

これまで、ビタミンやミネラルといった「栄養素」の話をしてきましたが、水はそれらとは少し立ち位置の違う存在です。

水は、何かを「足す」栄養素であると同時に、ほかの栄養素が力を発揮するための土台のようなものだと、私たちは考えています。

想像してみてください。

どんなに素晴らしい役者がそろっていても、舞台の環境が整っていなければ、芝居はうまく進まないかもしれません。

体の中でも同じように、水は栄養を運んだり、体の中の流れを整えたり、体温を一定に保つ助けをしたりと、さまざまな場面で静かに支えています。

「体に良いものを食べているはずなのに、いまひとつ調子が上がらない」

そんなとき、食事の内容だけでなく、水分のとり方や生活リズムが影響していることもあります。

水分のとり方次第で、せっかくの食事の工夫が実感しにくく感じられることもあります。

5.今日からできる、体になじみやすい水分補給の工夫

では、具体的にどうすれば、体になじみやすい水分補給を続けやすくなるのでしょうか。大切なのは、飲み方とタイミングの微調整です。

 

①「点」ではなく「線」で飲む

デスクワークの合間、移動の前後など、生活の動線の中で一口ずつ飲む「ちびちび飲み」を意識してみましょう。

 

②飲み物の選び方に、少し幅を持たせる

汗をかいたときや、少し疲れを感じるときには、飲み物にほんの少し風味や塩味を足すことで、体になじみやすいと感じる人もいます。

たとえば、レモンの酸味を加えたり、麦茶のような飲み慣れたものを選んだりするだけでも、気分よく水分をとりやすくなることがあります。

また、食事の際にお味噌汁やスープを一品添えるなど、日常の中で無理のない工夫を重ねることで、水分との付き合い方を意識しやすくなると感じる人もいます。

体調や生活スタイルに合わせて、心地よい方法を選ぶことが大切です。

 

➂渇きより先に、タイミングを決める

高齢の方に限らず、集中している時や緊張している時は、渇きのサインに気づきにくいことがあります。

「トイレに立ったら水を飲む」「食事の前にコップ1杯飲む」など、渇きに関係なく行動とセットにしてしまうのが、水分管理を意識するきっかけの一つになります。

おわりに:飲むことより、「届くこと」

水を飲むこと。

それは、生きるための最も基本的な行為です。

けれど、ただ漫然と飲むことと、 「この一杯が、自分の血肉となり、体を巡っていく」 とイメージしながら飲むことの間には、大きな違いがあります。

水は、劇的に何かを治す薬ではありません。

しかし、体調管理を考えるうえで、意識されることが多い要素の一つです。

今日の一杯が、あなたの喉を潤すだけでなく、 体の声に耳を傾けるきっかけになれば幸いです。

まとめ

■「隠れ脱水」という視点

水分バランスが崩れやすいと感じる状態を指す、一般的な呼び方(俗称)。

 

■水分のなじみ方

摂り方や食事の内容によって、「体に残りやすい」と感じるかどうかが変わることがある。

 

■食事は重要な給水所

食事は水分をとる大切な機会の一つ。

 

■水は舞台装置

栄養素(役者)が働くためには、整った水分環境(舞台)が不可欠。

 

■量より頻度

一気に飲むよりも、生活の流れの中でこまめに補給する意識を。

 

【参考文献】

  • 厚生労働省:健康のため水を飲もう講座
  • 国土交通省:「健康のため水を飲もう」推進運動
 

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お身体の状態はそれぞれ異なります。

持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。