【食と暮らしのコラム 第21話】
はじめに
日常の中で、よく耳にする言葉があります。
「よく噛んで、ゆっくり食べましょう」
誰もが一度は言われたことがあり、その大切さも頭では理解しているはずです。
しかし、現実の食卓ではどうでしょうか。
「気づいたら、お皿が空になっていた」
「仕事の合間で、どうしてもかき込んでしまう」
「意識して噛もうとしても、三日と続かない」
そんな経験を持つ方は非常に多いのです。
そして、早食いをしてしまった後に「またやってしまった」と小さな自己嫌悪を感じることも少なくありません。
でも、安心してください。
あなたが「ゆっくり」続けられないのは、意識が低いからでも、努力が足りないからでもありません。
その理由はもっと単純で、「時間(分数)」や「回数」という数字だけを目標にしているからです。
意識したいのは、食事の中で体に起こる『流れ』なのです。
今回は、食べる速さを「時間の管理」ではなく、「体のリズムの調整」として捉え直してみましょう。
目次
1.体は「時計」や「カウンター」を持っていない
「食事は、一定の時間をかけるべきだ」
「ひと口ごとに、何回も噛まなければならない」
しかし、私たちの体の仕組みは、そこまで機械的ではありません。
胃腸にはストップウォッチもカウンターもついていないのです。
体が実際に反応しているのは、次のような連続した変化です。
①情報のキャッチ
目で見て、香りを嗅いで、「これから食べるんだな」と体(頭)が準備を始める。
②受け入れの準備
唾液が分泌され、胃が動き出し、食べ物を受け入れる準備をする。
➂リズムと刺激
口の中で噛むリズムや、味の広がりを感じる。
④消化のスタート
食道を通って胃に届き、食べ物を消化していく流れが始まる。
重要なのは、この一連のプロセスが「スムーズに流れているか」、それとも「急いで流れ込んでいるか」です。
数字の上で何分かかったかよりも、食事の進み方(ペース配分)が、体にとって急すぎないか。
その「流れ」の心地よさに目を向けることが、食後を過ごしやすくするヒントになります。
2.早食いが体に負担をかけやすい理由
では、「流れ」が急すぎると、体の中では何が起きているのでしょうか。
いわゆる「早食い」が体に良くないとされる理由は、単に「消化に悪い」という一言では片付けられません。
イメージしてみてください。
まだ開店準備中のレストランに、予約なしの団体客が一気になだれ込んでくるような状態です。
① 胃の準備運動が間に合わない
よく噛まないまま飲み込むと、胃がまだ十分に準備できていない状態で、食べ物が胃に届きます。
胃が急に働くことになり、その結果、もたれや重さを感じることがあります。
② 食後の『波』が出やすいことがある
食事を短時間でとると、体の中の変化(たとえば血糖値の上下など)を、大きく感じやすくなることがあります。
そうした『波』が大きいと感じるときに、食後に眠気やだるさ、なんとなく落ち着かない感じを覚える人もいます。
③ 「満腹の合図」は少し遅れてやってくる
ここで知っておきたいポイントとして、個人差はありますが、満腹の感覚は少し時間がたってから出てくると言われています。
早食いをすると、このサインが届く前に思ったより多く食べてしまいやすく、気づいたときには「食べすぎたかも」と感じやすくなることがあります。
これらはすべて、体が「悪い」わけではなく、準備が整う前に次の工程へ進んでしまったことによる体の中の「流れ」が追いつきにくくなるイメージなのです。
3.「ゆっくり」よりも大切な「余白」
「じゃあ、やっぱり時間をかけて食べなきゃいけないの?」 そう思われるかもしれませんが、無理に時計を見る必要はありません。
答えはもっとシンプルです。
体が次の段階に進むための、ほんの少しの「間(ま)」をつくること。
これだけで十分です。
具体的には、次のような小さなアクションを取り入れてみてください。
• 「いただきます」の後に一呼吸おく
すぐに箸をつけるのではなく、お茶をひと口飲んだり、料理全体を眺めたりする時間を数秒だけ作ります。
• ひと口目を、丁寧に味わう
最初の一口だけは、いつもより少し長く噛んで、味や温度をしっかり感じてみます。
• 箸やフォークを一度置く
口に食べ物が入っている間は、箸やフォークを箸置きに戻す。
これだけで物理的にペースが落ち、自然と、食べるペースに「間」が生まれます。
すべての食事時間をコントロールしようとする必要はありません。
まずは、これだけでも十分です。
「最初の数分」や「ひと口目」の入り方を穏やかにするだけで、その後の食事のリズムも、整いやすくなることがあります。
全力疾走でスタートするのではなく、ゆっくり歩き出すイメージです。
4.満腹感は「速さ」だけで決まるわけではない
「早く食べると満腹感を感じにくいことがある」と言われることがありますが、満腹感を作るのは時間だけではありません。
私たちは「お腹(胃)」だけで満腹を感じているのではなく、味や香り、食べる感覚なども通して食事をしています。
• 咀嚼による刺激
噛むという動きは、「食べた」という満足感につながることがあります。
• 温度と香り
温かいスープや香ばしい香りは、少量でも満足感を得やすいと感じる人もいます。
• 食事の区切り
見た目の彩りや、食器の美しさも「食べた」という実感につながります。
早食いで起こりやすい問題のひとつが、こうした「満足の材料」を受け取る余裕がなくなることです。
味を十分に感じないまま飲み込むと、量は食べているのに、どこか物足りなさを感じる人もいます。
その結果、食べた量と満足感がかみ合いにくくなることがあります。
流れを少しゆっくりにするだけで、「もう十分」と思えるタイミングがつかみやすくなる人もいます。
5.食事は『流れる作業』ではない
忙しい現代社会において、食事はどうしても「タスク(作業)」になりがちです。
空腹を満たすための燃料補給。 時間を節約するための時短ランチ。
仕事に戻るための区切り。
もちろん、忙しいときに手早く済ませることが悪いわけではありません。
それも生きるための知恵です。
ただ、毎日毎食、食事が「作業」になった状態が続くと、食事をゆっくり味わう余裕が持ちにくくなることがあります。
食事とは本来、気持ちや体を、緊張からゆるめるための大切な時間です。
食べる速さを少し整えることは、「健康のために頑張る」より、「暮らしのテンポを整える」話でもあります。
慌ただしい日常の中で、自分自身の生活のテンポを一度リセットし、呼吸を整える時間を持つこと。
その結果として、午後の過ごしやすさや、夜の休みやすさが変わったと感じる人もいます。
6.栄養士の視点 ~速さは「性格」ではない~
早食いについて、こんなふうに自分にラベルを貼ってしまうことがあります。
「私、せっかちな性格だから早食いが直らないんです」
「昔からこうだから、今さら変えられない」
ここで、ひとつ見方を変えてみましょう。
食べる速さは、必ずしも性格だけで決まるものではありません。
それは、長年積み重ねてきた「環境」と「習慣」の結果であることも多いのです。
• 兄弟が多くて競争のように食べていた
• 休憩時間が短い職場で働いていた
• 一人での食事が多く、会話の間(ま)がない
これらが重なって、今のスピードができあがっただけのことです。
性格だけで決まるわけではないので、条件が変わると、少しずつ変わっていくきっかけになります。
「こうしなければならない」というルールで自分を縛るのではなく、体が無理なく整う条件を、少しずつ用意してあげること。
「今日は少し余裕があるから、味わって食べてみようかな」
「誰かと一緒に食べるから、相手のペースに合わせてみよう」
そんな小さなきっかけの積み重ねが、日々の調子を整える助けになります。
おわりに ~速さを変えるより、流れを整える~
食べる速さを無理に変えようとすると、食事そのものがストレスになってしまいます。
「まだ飲み込んじゃダメだ」「もっと噛まなきゃ」 そうやって自分を監視するような食事は、ちっとも美味しくありませんよね。
本当に大切なのは、速さそのものではなく、体の中の流れを乱さないことです。
最初のひと口を、ほんの少し丁寧に。
温かいものを飲んで、お腹をほっとさせる。
途中で一度、深呼吸をして箸を置く。
それだけでも、胃腸への負担感や、食後の満足感に違いを感じる人もいます。
食事は時間管理ではなく、体との対話の時間です。
その穏やかな流れを大切にすることが、日々の体の調子に目を向けるきっかけになることもあるでしょう。
まとめ
【参考文献】
- 厚生労働省 健康日本21アクション支援システム『速食いと肥満の関係』
【免責事項】
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、
個別の医療アドバイスや診断を目的としたものではありません。
お身体の状態はそれぞれ異なります。
持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。