【食と暮らしのコラム 第20話】
はじめに
「午前中はあんなに頭が冴えていたのに」
昼食を終えて一息つき、パソコンに向かった途端、まるで誰かにスイッチを押されたかのように、まぶたが重くなる。
文字を目で追っても内容が入ってこない。
体全体が鉛のように重く感じる。
そんな「強制終了」にも似た眠気を経験したことはありませんか?
これを感じたとき、多くの人は自分を責めてしまいます。
「お昼を食べすぎたせいだ」
「最近、体力が落ちているのかもしれない」
「もっと気合を入れて集中しなければ」
しかし、ここで最初にお伝えしたいことがあります。
食後の眠気は、あなたの意志が弱いからでも、単に怠けているからでもありません。
むしろ、体が消化という大切な仕事に取り組んでいるときに起こる、多くの場合はごく自然な反応だと考えられます。
なぜ体は、私たちを眠りへと誘うのか。
今回はそのメカニズムを、栄養と体の仕組みの視点から紐解いていきましょう。
目次
1.体の中で起きている「シフトチェンジ」
食事を終えたとき、体の中では非常にダイナミックな「業務の引き継ぎ」が行われています。
私たちが活動しているとき、体は比較的「交感神経」が優位になりやすい状態、いわば「戦闘モード」です。
筋肉や脳に血液とエネルギーを送り込み、外部の情報に反応しやすい状態を作っています。
しかし、食べ物が胃に入ってくると、状況は変わります。
固形物を溶かし、栄養素に分解し、腸で吸収して、血液に乗せて全身へ運ぶ。
これは、私たちが意識しないところで多くの体の働きを必要とする大仕事です。
この仕事を遂行するために、体は自律神経のバランスを調整し、消化を担う副交感神経の働きが相対的に高まりやすい状態になることがあります。
これは、工場のラインで言えば、製造を止めるのではなく、点検や補給の工程に比重が移るようなイメージです。
① 消化管への優先配分
消化を円滑に進めるため、体の働きの比重が一時的に消化に関わる働きに向かいやすくなると考えられています。
② リラックス信号の発令
消化をスムーズにするため、体は緊張を解き、筋肉を緩めようとします。
つまり、食後の眠気やだるさは、体が「今は外の世界に対応するよりも、内側のメンテナンスに注力したい」というサインなのかもしれません。
「今はあえて外部への反応を控えめにしているように感じられる状態」と言えるでしょう。
2.「血糖値」だけでは語れない話
食後の眠気を語るとき、よく「血糖値スパイク(食後高血糖)」が話題にされることがあります。
糖質を多く含む食事のあとに起こる血糖値の変化が、食後の眠気と関連づけて語られることもあります。
しかし、原因を「糖質の摂りすぎ」だけに単純化してしまうと、食後の眠気を理解するうえで、いくつかの大切な視点を見落としてしまうことがあります。
実は、「人間にはもともと、昼過ぎに眠くなりやすいリズムがある」ということが知られています。
人間の生体リズム(サーカディアンリズム)において、起床から数時間が経った早い午後(一般に13〜16時頃とされる時間帯)には、覚醒レベルが一時的に下がったように感じやすくなる「アフタヌーン・ディップ」と呼ばれる時間帯があります。
この時間帯は、食事の内容に関わらず起こりやすい「体内時計の谷」であり、そこに食事の量や内容、前夜の睡眠状態などが重なることで、眠気がより強く感じられることがあります。
・消化活動に伴う、体の働きの切り替え
・食後に起こる血糖値の変動
・もともと備わっている睡眠・覚醒のリズム
これらが重なったとき、私たちは眠気を感じやすくなります。
つまり、眠気は一つのミスではなく、いくつもの条件が重なった結果として起こりやすい、生理的に自然な反応なのです。
3.眠気が「重く」なりやすい食事、なりにくい食事
眠気が自然なものだとしても、「うとうとする程度」の日と、「どうしようもなく眠い」日があります。
その差はどこで生まれるのでしょうか。
それは、「消化にかかる負荷の大きさ」です。
消化器官にとって「重労働」となる食べ方をしたとき、体がより強く休息を求めているように感じられることがあります。
眠気が強く出やすい条件
① 噛まずに飲み込む(早食い)
固形に近い状態で胃に送られると、処理の負担が大きくなり、消化に時間がかかりやすくなることがあります。その分、体への負担感は増すでしょう。
② 一度に大量の炭水化物を摂る
丼ものや麺類のみなど、糖質に偏った食事は血糖値の変動を大きくし、その影響で眠気が強く感じられる場合があります。
③ 冷たいものを一気に入れる
冷たい飲食で胃腸に違和感を覚えやすい体質の人の場合、消化がスムーズに進まないと感じることがあります。
逆に言えば、消化の負担を減らすことができれば、「強い眠気」から「穏やかな休憩モード」へと和らぐかもしれません。
4.眠気は「敵」ではなく「波」として扱う
しかし、カフェインで無理やり脳を叩き起こしたり、眠気を感じる自分を責めたりするのは、体にとって逆効果になることもあります。
おすすめしたいのは、眠気を「敵として倒す」のではなく、「波としてやり過ごす・受け流す」というアプローチです。
① 「噛む」ことでリズムを作る
食事中によく噛んで味わうことは、無理のない範囲で、眠気との付き合い方の一助になる場合があります。
「よく噛んで食べる」ことは、消化を助ける可能性があり、結果として食後の負担感を和らげる一助になると考えられています。
② 15分の「戦略的仮眠」
もし環境が許すなら、夜の睡眠に影響しない範囲で、深く眠り込まない程度に、15〜20分を目安に、目を閉じてみてください。
完全に眠らなくても、視覚情報を遮断して脳を休めるだけで、午後のパフォーマンスが回復しやすくなると感じる人も多い方法です。
これを「パワーナップ(積極的仮眠)」と呼びます。
③ 姿勢を変えて「散らす」
食後すぐに座り込んで画面を見ると、眠気が強まりやすい人もいるため、食後は5分ほど立ち上がって片付けをする、軽くストレッチをするなど、「小さな動き」を挟むことで、神経の切り替えが緩やかになります。
5.栄養士の視点 ~眠気は「体からの会話」~
現代社会では、常に一定のパフォーマンスを発揮することが良しとされがちです。
そのため、食後の眠気は「排除すべきエラー」として扱われることがあります。
しかし、栄養学の視点に立つと、見え方は変わります。
栄養とは、単にビタミンやカロリーという数字を管理することではありません。
「体が本来持っている機能を、最大限に発揮できる環境を整えること」です。
食後の眠気は、体があなたに送っている会話のようなものです。
「今、体の働き方を切り替えている最中です」
「少しだけペースを落として、内側に集中させてください」
「昨日の疲れが残っているから、少し休ませて」
そんなふうに、体は正直に現状を伝えてくれています。
その声に対して「黙れ」とカフェインで蓋をするのではなく、
「わかった、じゃあ少しだけペースを落とそう」
「今日は消化にいい夕食にしよう」と応えてあげる。
その対話の積み重ねこそが、長い目で見て、体調を整える土台づくりにつながっていきます。
薬で症状を消すような即効性はありませんが、じっくりと体を支える一助になるでしょう。
おわりに
【参考文献】
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」
- 厚生労働省 健康日本21アクション支援システムー概日リズム睡眠・覚醒障害
- 林光緒「昼寝の功罪とパワーナップ」