【食と暮らしのコラム 第18話】

1. なぜ、甘いものはこれほどまでに私たちを惹きつけるのか? ~生存本能としての甘味~

仕事の合間に食べたチョコレート。

夕食後につい手が伸びるアイス。

疲れた日の帰り道で買ってしまう菓子パン。

 

甘いものを前にすると、私たちは理屈抜きで抗いがたい魅力を感じます。

これは、あなたの意志の弱さではありません。

実は、人類が誕生して以来、甘味は私たちを生存に導くための本能的な信号でした。

 

■進化の過程で刻まれた甘味への本能

遥か昔、自然界において「甘い」食べ物は、高カロリーで、毒性が低いことを意味していました。

特に果物に含まれる糖は、厳しい環境下で生き抜くための即効性の高いエネルギー源であり、子孫を残すための重要な栄養素でした。

 

私たちの舌に存在する「甘味受容体」が糖を感知すると、脳は瞬時に「これは生存に有利な食べ物だ」と判断し、これを報酬とみなし、もっと食べるよう促す信号を発します。

 

甘さは単なる味ではなく、私たちヒトの生存本能に深く根ざした、最も強力な感情のスイッチなのです。

そして、その中心にあるのが、「ドーパミン」と呼ばれる神経伝達物質です。

2. 脳の「報酬系」の仕組みとドーパミンの正体~「快感」ではなく「渇望」のメカニズム~

私たちが甘いものを口にすると、糖分が血糖となり、脳へ到達する過程で、脳の報酬系と呼ばれる回路が活性化され、神経伝達物質であるドーパミンが放出されます。

 

■ドーパミンは「快感」よりも「報酬を求め続ける力」

多くの人がドーパミンを「幸せホルモン」や「快感ホルモン」と呼びますが、これは正確な表現ではありません。

脳科学において、ドーパミンが担う役割の主要な部分は、「報酬を得るための動機付け(Motivation)」や「渇望」です。

よく聞く誤解

×「甘いもの=幸せホルモン(セロトニン)」

〇「甘いもの=報酬を求め続ける力(ドーパミン)のスイッチ」

 

つまり、甘いものは私たちに一瞬の満足感をもたらすだけでなく、「この行動を繰り返せば、またあの報酬が得られる」という学習を脳に強く刻み込みます。

こうした仕組みが重なることで、一度食べ始めると「なかなかやめられない」と感じる人もいると考えられています。

3. 脳疲労とストレスが引き起こす「血糖スパイク」の負の連鎖

なぜ、特に疲れている時に甘いものを強く求めてしまうのでしょうか。

これは、心身のエネルギーバランスが崩れた時に起こる人として自然な反応です。

 

■脳の主要燃料と「即効性」への欲求

デスクワーク、育児、人間関係の悩み、睡眠不足。

これらのストレスが積み重なると、脳は大量のエネルギー源であるブドウ糖を消費します。

脳が疲労し、エネルギー不足の状態に陥ると、脳は「最も早く、最も簡単にエネルギーを補給できるもの」として、精製された糖を強く求める信号を出します。

しかし、ここで問題となるのが「血糖スパイク」です。

①急上昇

疲れているからと、砂糖が多く含まれる菓子や清涼飲料水などを一気に食べる。

吸収の早い糖質は血糖が急上昇しやすい傾向があります。

 

②インスリンの過剰分泌

血糖値が急激に上がりすぎると、膵臓が大量のインスリンを分泌し、血糖値を下げようと働く。

➂急降下

人によっては、血糖値が一気に下がることで、からだが「エネルギー不足のような状態」になり、気分の乱れやだるさを感じることがあります。

 

このジェットコースターのような血糖値の『波』こそが、心身の安定を乱し、甘いものへの依存的な欲求を強めてしまう一因になり得ます。

※ただし、血糖値の変化の感じ方には大きな個人差があります。

4.「良い糖」と「悪い糖」の選択基準 ~量・形・タイミングの科学~

「砂糖=悪」「糖質=太る」といった極端な意見は、科学的には正確ではありません。

糖は体に必要なエネルギー源であり、脳の主要燃料であることに変わりはありません。

 

■悪者ではない。問題は「精製度」と「複合性」

大切なのは、糖を「どんな形」で、どんな「タイミング」で、どれくらいの「量」食べるかです。

血糖スパイクを防ぐ鍵は、「糖を単独で摂らない」ことです。

 

精製度の低い糖を選ぶ

白砂糖や白い小麦粉など、精製度が高く食物繊維が取り除かれた糖質は吸収が速く、血糖スパイクを起こしやすいです。

野菜や果物、いも類、豆類など、食物繊維やビタミンが豊富で吸収が緩やかな食べ物を選びましょう。

もちろん、白砂糖や白い小麦粉そのものが「絶対にダメ」というわけではありません。「量」と「頻度」「一緒に食べるもの」を意識することが大切です。

 

複合的に摂取する

糖質を摂取する際、食物繊維、タンパク質、脂質を同時に摂ると、胃での滞留時間が長くなり、糖の吸収が緩やかになります。

 

■ 糖質との上手な付き合い方

①食べるなら「食後」に

食事(特にタンパク質や脂質)が先に入ると、胃からの排出速度が緩まり、デザートの吸収が比較的穏やかになりやすいとされています。

②ナッツ類を添える

間食で甘いものを食べたいときは、無塩のナッツや少量のチーズなど、脂質やタンパク質を含むものを先に摂るか、一緒に摂りましょう。

➂液体ではなく固体で

清涼飲料水やジュースは、食物繊維がないため、非常に早く吸収されてしまいます。

果物から糖質を摂る方が、食物繊維も同時に摂れるため、より望ましい場合があります。

5. 「幸福ホルモン」セロトニンと「ストレスホルモン」コルチゾールの深い関係

甘いものを欲しがるのは、血糖値の波だけでなく、心の疲れのサインが隠れていることも少なくありません。

ここでは、真の幸福感に関わる「セロトニン」と、ストレス時の「コルチゾール」の関係に注目します。

 

■幸福ホルモン「セロトニン」の生成と心の安定

セロトニンこそ、心の安定や幸福感、満腹感に関わる、本来の意味での「幸せホルモン」です。

セロトニンの原料となる必須アミノ酸「トリプトファン」を脳に届けるには、適度な糖質も必要です。

そのため、極端な糖質制限は、このセロトニン生成に間接的な影響を及ぼし、人によっては気分や食欲に影響する可能性が指摘されています。

甘いものが救いになる瞬間は、単なる食欲ではなく、心の安定を求めているというサインでもあるのです。

 

■ストレスとコルチゾール

ストレスが強くなると、副腎からコルチゾール(ストレスホルモン)が多量に分泌されます。

コルチゾールの高い状態が続くと、甘いものや高カロリーな食品を選びやすくなる、そして脂肪がつきやすい体質に関わる可能性があるといわれています。

 

これは体が非常事態に備えようとする原始的な反応ですが、現代社会の慢性的なストレス下では、コルチゾールの高い状態が続き、恒常的に甘いものや高カロリー食を求める状態を生み出してしまう場合があります。

 

甘いものに手が伸びる時、自分を責めるのではなく、「自分は今、コルチゾールが高まるほど疲れている」と捉え、根本的なストレス源の解消に目を向けることが重要です。

6. 感情と食欲を切り離すための心の技術

甘いものへの衝動は、感情的な要因が関わっていることも少なくありません。

甘いものを「禁止」するのではなく、食べる行動以外の選択肢を見つけ、「心のSOS」に対応する技術を身につけましょう。

 

① 「感情の空腹」と「体の空腹」を見分ける技術

甘いものを欲しくなる瞬間が、本当にエネルギーが切れているのか(体の空腹)、それともストレスや不安を埋めようとしているのか(感情の空腹)を知ることは、とても大切です。

体の空腹はゆっくり訪れ、どんな食べ物でも満足できます。食べたあとは落ち着きが戻ります。

一方、感情の空腹は突然訪れ、チョコやアイスなど「特定のもの」だけを強く欲しがります。満たしたあとも、もやもやや後悔が残ることがあります。

 

② 「待つ」ことで衝動を回避する

感情の空腹による強い衝動は、多くの人では、数分〜十数分ほどで衝動のピークが和らいでくるといわれています。

※もちろん、感じ方には個人差があり、状況によっても異なります。

この短いピークをやり過ごすための具体的な行動リストを用意しましょう。

衝動を感じたら、すぐに食べるのではなく、意識的に5分間以下の行動のいずれかを試します。

 

水分補給

冷たい水や炭酸水を一口飲む。口の中がリフレッシュされ、衝動が一時的に遠ざかります。

場所を変える

立ち上がって部屋を移動したり、換気のために窓を開けたりする。

物理的な移動が、脳の注意を切り替えます。

五感リフレッシュ

アロマオイル(柑橘系やペパーミント)を嗅ぐ、または好きな音楽を2曲だけ聴く。

 

③ ストレスを甘味以外で満たす「報酬の代替」

甘いものが脳にとって「手軽な報酬」なら、これを他のポジティブな行動で代替し、ドーパミンの満足感を得る工夫をします。

 

適度な運動

5分間のストレッチや軽い散歩は、脳に良い刺激を与え、セロトニン(安定ホルモン)の分泌も促します。

短い対話

家族や職場の同僚と短い会話を交わすだけで、安心感や愛着のホルモンであるオキシトシンが分泌され、甘いものへの欲求が和らぐこともあると言われています。

7. 栄養士の視点:「食の乱れ」は「心のSOS」

甘いものが欲しいという訴えの多くは、単なる意志の弱さではなく、食生活の乱れからくる物理的な栄養不足や、精神的な疲労に起因しています。

 

■心身の土台を整えることの重要性

糖を「敵」にする前に、まずは心身の土台を整えることが、甘いものへの依存的な欲求を遠ざける近道です。

 

タンパク質

セロトニンやドーパミンなど、心の安定に関わる物質の材料になります。

毎食、肉・魚・卵・大豆製品を意識的に摂る。

ビタミン・ミネラル

糖の代謝を助けるビタミンB群や、ストレスに負けにくい体づくりを支えるマグネシウムが大切です。

睡眠

質の良い睡眠は、食欲増進ホルモン(グレリン)を抑制し、満腹感をもたらすホルモン(レプチン)のバランスを整えるとても大きな要素のひとつです。

 

甘いもの欲求を、「自分を労り、土台を見直すためのサイン」としてポジティブに捉え直しましょう。

8. おわりに:甘さを人生の喜びとして再定義する

甘いものとの付き合い方は、人生そのものの縮図かもしれません。

喜びがあるから、甘さが美味しい。

疲れがあるから、甘さに救われる。

 

糖は単なる栄養素ではなく、私たちの暮らし、感情、大切な思い出にも深くつながっています。

甘さを「悪」にせず、甘さに「流されすぎず」、ちょうどいい距離で、その恩恵を享受する。

そのバランスを探求することが、日々の心と体を穏やかに保ち、人生の「甘味」を最大限に楽しむためのヒントになるのかもしれません。

まとめ

  • 甘いものが欲しくなるのは、脳の報酬系の働きや進化的な本能による。
  • ドーパミンは「快感」より「もっとほしい」という渇望を作る。
  • 疲労やストレス(コルチゾール)が血糖の乱れにつながりやすくなり、糖欲求を強める。
  • 甘いものは「複合糖質(食物繊維を含む)」を「食後」に摂るなど、タイミングと形を工夫する。
  • 欲求は「心のサイン」。「待つ」ことで衝動をコントロールする。

【参考文献】

  • 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
  • 厚生労働省 e-ヘルスネット「炭水化物/糖質」
  • 厚生労働省 e-ヘルスネット「ストレス」
  • 文部科学省『日本食品標準成分表2020年版(八訂)』
 

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本記事は一般的な情報の提供を目的としており、

個別の医療アドバイスや診断を目的としたものではありません。 

お身体の状態はそれぞれ異なります。

持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。