【食と暮らしのコラム 第17話】
はじめに:ストレスは目に見えない「生活の負荷」の総称
私たちの生活には、仕事の悩み、人間関係、気温の変化、寝不足など、さまざまな「負荷」(ストレッサー)がかかっています。
体がこれらの負荷を感じると、自動的に「防御モード」に入ります。
この防御モードの主役が、「コルチゾール」という名のストレス対応ホルモンです。
体が緊張状態になると、このホルモンの分泌が促され、緊急事態に備える準備をします。
このホルモンの働きは、私たちの心と体、そして食行動にまで影響を及ぼすことが知られています。
例えば、心の緊張が体の緊張につながったり、それが食生活の乱れとして現れたりすることもあります。
これは、ホルモンと自律神経が連携した体の自然な反応なのです。
目次
1.コルチゾールと体内の指令センター
コルチゾールは、腎臓の上にある小さな臓器「副腎(ふくじん)」でつくられ、体内で分泌されます。
コルチゾールが分泌されるまでには、「脳」と「体」が連携する指令システム(HPA軸と呼ばれる仕組み)が働いています。
これは、まるで会社の司令塔のように、脳が状況を判断し、体に必要なホルモンを出すよう指示を出しています。
この指令システムのおかげで、コルチゾールは体内で以下のような重要な役割を果たします。
- エネルギー供給
血糖値を上げて、脳や体にすぐに使えるエネルギーを用意するのに役立っていると考えられています。
- ️ 体の調整役
過度な炎症を抑えたり、血圧を安定させたりするなど、体全体のバランスを保つ基本的な調整を行っていることが知られています。
■コルチゾールの「活動リズム」の乱れ
コルチゾールは、通常、朝の目覚め前が最も多く、活動を促します。
そして日中は徐々に減り、夜になると最も少なくなるというリズムを持っています。
しかし、ストレスが長く続くと、この指令システムのリズムが乱れる可能性があります。その結果、「朝なかなか起きられない」「日中もだるさが続く」といった不調となって現れることもあります。
このような『疲れやすさ』や『だるさ』には、生活習慣やメンタルヘルスなど様々な要因が影響しますが、体のリズムの乱れも関連していると考えられています。
2.ストレスと食欲の乱れ ~なぜ甘いものが欲しくなるのか?~
ストレスによって食行動が変わるのは、脳が「安心を求める仕組み」を強く働かせるためです。
【一時的なストレス】
・食行動への影響:食欲がなくなる(胃がキュッとなる)
・理由:体が緊急事態と判断し、消化を後回しにするためと考えられています。
【慢性的なストレス 】
・食行動への影響:甘い物や脂っこいものが欲しくなる
・理由:ストレスによる不快感を和らげるために、脳が「すぐに快感を得られる報酬」を強く求めてしまうためです。
■甘いものが「心の報酬」になる仕組み
ストレスが慢性化すると、高カロリーの食べ物を食べたときに、脳内で安心感や喜びにつながる物質が放出され、一時的に気持ちが落ち着きます。
脳はこの感覚を学習し、「ストレスを感じたら食べる」というパターンにつながることがあります。
しかし、この食べ方には以下のリスクが伴います。
- 血糖値の急激な変動
甘いものを急いで食べると、血糖値が急に上がり急に下がる現象が起こりやすくなります。
例えば、空腹時に甘いものを食べた後、1〜2時間後に急激な眠気や集中力の低下を感じることがあります。
この変動自体が、体にとってさらなるストレスになる可能性があります。
- エネルギー貯蔵の促進
ストレスに対応している間、体はエネルギーを蓄えようとする傾向があり、特に腹部の脂肪として蓄積されやすい可能性が指摘されています。
※実際の体重や体型がどのように変化するかは、食事内容、運動量、睡眠時間など、日々の生活習慣全体の影響が大きく関わります。
「甘いものに手が伸びてしまう」のは、体が発している「助けてサイン」の一つと捉えることができます。
このサインを理解し、自分を責めるのではなく、食事の「質」と「食べ方」を通じて心身の健康的なバランスをサポートすることが大切です。
3.ストレス対応に関わる栄養素たちと、健康な食事の土台
『疲れやすさ』や『だるさ』が続く場合は、まず医療機関での相談が大切です。
その上で、日々の食事で栄養バランスを整えることができます。
栄養素は薬ではありません。
しかし、ストレス対応プロセスに必要なホルモンや神経伝達物質の合成、エネルギー代謝は、特定の栄養素が「土台」として十分になければ効率的に働かない可能性が考えられます。
①タンパク質とアミノ酸:材料の安定供給
コルチゾールやセロトニンなどの材料は、アミノ酸(タンパク質の構成要素)です。
ストレス下では材料が消費される可能性があるため、良質なタンパク質の安定的な摂取は、体内のシステム維持に欠かせないと考えられています。
【主な食品例】赤身の肉、魚、卵、大豆製品(豆腐等)など
実践的な工夫:毎食、意識的にタンパク質を摂り、健康的な体づくりをサポートしましょう。
②ビタミンC:ストレス対応で消耗しやすい栄養素
ビタミンCは、コルチゾールの合成過程で重要な役割に関わる栄養素で、ストレスによって発生する活性酸素を中和する抗酸化作用も担います。
ストレスが続く状況では、ビタミンCが多く使われる可能性があることが知られています。
【主な食品例】ブロッコリー、ピーマン、柑橘類、じゃがいもなど
実践的な工夫:加熱調理にも強いじゃがいもや、温かい汁物に入れた温野菜などでも、安定的に補給するよう努めましょう。
③ビタミンB群とマグネシウム:エネルギー代謝のサポート
ビタミンB群は、糖質・脂質・タンパク質をエネルギーに変える代謝回路において補酵素として働くことが知られています。
マグネシウムは、このエネルギー生成酵素の働きを助ける重要なミネラルです。
これらの栄養素が不足すると、効率的なエネルギー供給が難しくなる可能性が考えられます。
【主な食品例 (B群)】豚肉、魚介類、レバーなど
【主な食品例 (マグネシウム)】海藻類、ナッツ、緑黄色野菜、豆類など
実践的な工夫:雑穀、海藻類などを意識的に選ぶことで、これらの栄養素を複合的に摂取しやすくなるでしょう。
4.食とライフスタイル ~心身のバランスを整える行動の工夫~
健康的な食生活を実践するには、「何を食べるか」だけでなく、「どう食べるか」「いつ食べるか」といった生活習慣との連携が不可欠であると考えられています。
①食べる速度:自律神経の切り替えを促す
「噛む(咀嚼)」という行為は、リラックスを司る副交感神経の働きを優位にすることが知られています。
ゆっくり食べる時間を持つことは、食事を通じて自律神経のバランスを整えるための効果的な方法の一つである可能性があります。
②朝食の重要性:リズムの安定化
朝食を摂ることは、コルチゾールの自然な日内変動を安定させ、体が活動モードへスムーズに移行するのをサポートするために重要であると考えられています。
起床後、遅すぎない時間にタンパク質を含むバランスの取れた食事を摂ることで、血糖値の安定に役立つでしょう。
③感情的摂食への具体的な対処
甘いものに手が伸びそうになった際は、すぐに食べるのではなく、ワンクッションを挟む練習をしましょう。
もし食べることを選択する場合でも、血糖値の変動が緩やかなゆで卵、ナッツ、チーズなどを少量選び、満足感を得る代替行動を試みることが、悪循環を断ち切る一歩となるかもしれません。
④睡眠と食の連携
夜間の消化活動は、体にとって負担となり、睡眠の質を低下させる可能性があります。
就寝の2〜3時間前には夕食を終えるのが理想です。
また、夜はカフェインやアルコールを控えめにすることが、心身の休息を深めるために有効であることが示唆されています。
5.栄養士の視点 ~食べることを通じた自己肯定~
栄養士としてお伝えしたいのは、食事を通じて「今の自分を受け入れる」という姿勢の重要性です。
体は日々、見えないストレスと懸命に戦っています。
その努力を認め、自己否定をしないことが、心身の回復につながる可能性があります。
• 完璧主義を手放す
食生活に乱れが生じる日があっても、自分を責めず、「次は少し変えてみよう」と前向きに捉えることが大切です。
• 温かさと優しさを優先
温かい汁物やスープは、からだがほっとしやすく、「落ち着く」と感じる方も多いようです。
無理のない範囲で、あたたかい一品を食卓に足してみるのも一つの工夫です。
• 自分を支える
どんな日も、無理なく食事を摂ろうとすること自体が、今の自分を大切にしようとする一歩です。
その行為自体が、心身のバランスを整えるサポートとなるでしょう。
小さな安心を、無理のない範囲で食卓に取り入れてあげる。
それが、あなたの健康的な生活習慣を長期的に維持する秘訣であると考えられます。
まとめ
【参考文献】
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
- 厚生労働省e-ヘルスネット「ストレス」
- 文部科学省『日本食品標準成分表2020年版(八訂)』
【免責事項】
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、
個別の医療アドバイスや診断を目的としたものではありません。
お身体の状態はそれぞれ異なります。
持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。