【食と暮らしのコラム 第13話】

はじめに:体調を崩す要因は「ひとつ」ではない

「最近、なんとなく食欲がわかない……」

「しっかり寝ているはずなのに、日中も活動する気が起きない」

冬の寒さが本格化し、日が短くなるこの時期、こうした「言葉にしにくい不調」を感じる方が増えます。

食欲や活力の変動は、気温の低下による自律神経の乱れ、活動量の減少、日照不足によるセロトニン分泌の変化、あるいは年末年始の忙しさによるストレスなど、非常に多くの要因が複合的に絡み合っています。

ですので、「これが唯一の原因だ」と一つに決めつけることはできません。

 

ただ、その数ある要因の一つとして、意外に見落とされがちなのが「栄養面(ミネラルバランス)」、特に「鉄分」の状態です。

 

「冬だから鉄不足になる」というわけではありませんが、冬特有の食生活の変化(温かい炭水化物への偏りなど)が、結果的に鉄を含む栄養素の摂取不足につながることがあります。

 

鉄は、私たちが呼吸をし、体を動かし、思考するためのエネルギーを生み出す過程で、中心的な役割を果たしている栄養素です。

もし、背景に鉄不足が隠れていた場合、いくら休息をとっても「燃料切れ」の状態が改善せず、不調が長引いてしまうことがあります。

 

本稿では、鉄が不足した時に体にどのような変化が起こりうるのか、

そして冬の食事で何を意識すれば良いのかを「個人の体質や状況によって異なる」という前提に立ちながら、深く丁寧に紐解いていきます。

 

1.鉄の役割と「体調」の関係(確立された働き)

まずは、栄養学・生理学において働きが確立されている鉄の役割について、少し詳しく確認しましょう。

成人の体内には約3〜4g(鉄釘1本分程度)の鉄が存在し、これらは決して「おまけ」ではなく、生命維持の根幹に関わっています。

 

①全身への酸素運搬(全身の数十兆個の細胞へ届ける)

鉄の約70%は血液中の赤血球に含まれる「ヘモグロビン」の成分として存在しています。

ヘモグロビンは、呼吸で取り込んだ酸素をキャッチし、脳や筋肉、内臓など全身の数十兆個の細胞へ送り届ける「運送トラック」のような役割を担っています。

鉄が不足してトラックが減ると、末端の細胞まで十分な酸素が届きません。

 

すると体は酸欠状態になり、階段を上っただけで息切れしたり、心臓がポンプを早めて動悸がしたりといった症状が現れることは医学的に明らかです。

 

②エネルギーを作り出す(スタミナの源)

私たちの体には、細胞の中にある「ミトコンドリア」という発電所で、糖質や脂質を燃やしてエネルギー(ATP)を作り出す仕組みがあります。

鉄は、この発電所の中で働く酵素(シトクロムなど)の必須パーツです。

 

つまり、いくら食事でカロリー(燃料)を摂っていても、鉄(点火プラグ)がなければ効率よくエネルギーに変えることができません。

「食べているのに元気が出ない」「すぐにバテてしまう」という感覚は、このエネルギー産生システムが滞っていることによる影響の可能性があります。

 

2.「なんとなく不調」の背景にあるもの

冬の不調を感じた時、多くの方は「寒いから」「疲れているから」と考えがちです。

もちろん、それも大きな要因です。

しかし、もう一つ見落とされがちなのが「日々の食事内容」です。

 

特に冬は、先ほど述べたように温かい炭水化物中心の食事に偏りがちで、知らず知らずのうちに、体を動かすために必要な栄養素が不足していることがあります。

鉄分もその一つです。

「しっかり食べているはずなのに、なぜか元気が出ない」

 

そう感じた時は、カロリー(量)は足りていても、鉄を含むミネラル(質)が不足していないか、一度、食事内容を振り返ってみると良いかもしれません。

 

【こんな食生活に心当たりはありませんか?】

□ 温かい麺類やご飯ものが続いている

□ 肉や魚を食べる頻度が減った

□ 野菜はあまり食べていない

□ 外食やコンビニ食が多い

□ 食事の量自体が減っている

 

一つでも当てはまる場合は、次の章から紹介する「鉄を効率よく摂る工夫」を取り入れてみてください。

 

ただし、食事を見直しても不調が続く場合は、他の原因も考えられますので、医療機関にご相談ください。

3.なぜ「食欲」に影響するの

「鉄不足で食欲が落ちる」という話を聞いたことがあるかもしれません。

実際のところ、この関係は複雑で、単純とは言えません。

ただ、いくつかの理由が関係している可能性があります。

 

①エネルギー不足による全身への影響

鉄不足によってエネルギー産生が滞ると、体全体の活動性が低下します。

消化器官も例外ではなく、理論的には胃腸の働きにも影響が及ぶ可能性があります。

 

ただし、「鉄不足→胃腸の機能低下→食欲減退」という直接的な因果関係が十分に証明されているわけではありません。

むしろ、次に述べる「食事内容そのものの問題」の方が食欲に与える影響は大きいと考えられます。

 

②味覚を守る「亜鉛」もセットで不足している

ここが重要なポイントです。

鉄分を多く含む「赤身肉」や「魚介類」は、同時に亜鉛というミネラルの重要な供給源でもあります。

 

つまり、鉄不足を招くような食事では、同時に亜鉛も不足していることが少なくありません。

亜鉛は味覚を正常に保つために必須の栄養素です。

 

これが不足すると、ご飯が美味しく感じられなくなったり、味がわからなくなったりして、食べる楽しみそのものが減退してしまいます。

 

「鉄さえ摂れば解決」という単純な話ではなく、「食事のバランスが偏っているかも」と感じた時は、体の栄養バランス全体を見直すきっかけと捉えることが大切です。

 

4.冬に見落としがちな栄養バランス

冬特有の生活環境は、知らず知らずのうちに栄養の偏りを招くことがあります。

ご自身の生活に当てはまるものがないか、チェックしてみましょう。

 

■活動量の低下と代謝

寒さで外出が減り、家でじっとしているとエネルギー消費が減ります。

体は賢いので「燃料はいらない」と判断し、生理的に空腹感を感じにくくなります。

しかし、カロリーは足りていても、代謝に必要なビタミン・ミネラルの絶対摂取量まで減ってしまうリスクがあります。

 

■「温かい炭水化物」への偏り

冬は「鍋のシメの雑炊」「うどん」「ラーメン」など、温かい炭水化物中心の食事が美味しく感じられます。

これらは体を温めますが、肉・魚・緑黄色野菜といった「おかず」の比率が下がりがちです。

満腹感はあるのに、実は質的な栄養不足に陥っていることがあります。

 

■冬の水分不足に注意

冬は空気が乾燥しており、暖房の効いた部屋では、気づかないうちに皮膚や呼気から水分が蒸発しています。

喉の渇きを感じにくい季節ですが、こまめな水分補給を心がけましょう。

 

体が脱水気味だと、消化吸収の効率も下がりやすくなります。

「なんとなく不調」の背景に、こうした季節特有の食生活の変化がないか、一度振り返ってみましょう。

 

5.効率よく鉄を取り入れる工夫

鉄分は、摂取した量のすべてが吸収されるわけではありません。

実は吸収率があまり高くない、体に定着しにくい栄養素の一つです。

やみくもに食べるのではなく、食材の「種類」と「組み合わせ」を意識するだけで、効率は大きく変わることがあります。

 

①「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の違い

鉄には吸収されやすい形と、そうでない形があります。

ヘム鉄(吸収率:高 10〜20%程度)

特徴:動物の血液や筋肉に含まれる鉄。タンパク質に包まれており、胃腸への負担が少なく吸収されやすい。

食材:赤身肉(ヒレ・モモ)、カツオ、マグロ、ブリ、レバー、赤貝、煮干しなど。

 

非ヘム鉄(吸収率:低 2〜5%程度)

特徴:植物性食品や卵に含まれる鉄。そのままでは吸収されにくい。

食材:小松菜、ほうれん草、大豆製品(納豆・豆腐)、卵、ひじきなど。

 

日本人の食事から摂る鉄分の多くは、吸収率の低い「非ヘム鉄」だと言われています。

これをいかに無駄なく吸収させるかが鍵となります。

 

②吸収を助ける「心強い相棒」

吸収率の低い「非ヘム鉄」は、以下の成分と一緒に摂ることで、吸収されやすい形に変化し、吸収率が高まることが知られています。

  • ビタミンC(果物、野菜、イモ類など)
  • 酸味(酢、柑橘類、梅干しなどのクエン酸)
  • 動物性タンパク質(肉、魚)

 

【今日からできる組み合わせ例】

  • 小松菜(非ヘム鉄) の炒め物に、豚肉(タンパク質) を入れる。
  • ほうれん草(非ヘム鉄) のお浸しに、ゆずやレモン(ビタミンC・酸味) を絞る。
  • ひじき煮(非ヘム鉄) を食べる時に、酢の物(酸味) を添える。
  • 納豆(非ヘム鉄) に、たっぷりのネギ(ビタミンC) を混ぜる。

 

【大切にしたいポイント Q&A】

Q. レバーが苦手です。無理してでも食べるべきですか?

A. 無理をする必要はありません。

レバーは確かに鉄の含有量が多く優秀ですが、独特の臭みがあります。

鉄分は赤身の肉(牛モモなど)や魚(カツオ、サバ缶)、厚揚げ、あさり等でも十分に摂取できます。

特定の食材にこだわらず、ご自身の好みに合わせて、美味しく食べられるものを選びましょう。

ストレスを感じながら食べることは、消化吸収にとってもマイナスになりかねません。

 

Q. コーヒーやお茶は飲まない方がいいですか?

A. 神経質になりすぎる必要はありません。

コーヒー、紅茶、緑茶に含まれる苦味成分「タンニン」は、鉄と結合して吸収を妨げる性質があります。

しかし、バランスの良い食事をしていれば、過度に心配する必要はないとされています。

もし鉄分の吸収を少しでも高めたい場合は、「食事中は水や麦茶、食後にコーヒー」という風に、30分〜1時間ほど時間をずらすのも一つの方法です。

6.食事以外の「プラスアルファ」の知恵

毎日の食事作りを完璧にこなすのは大変です。

特に体調が優れない時はなおさらです。

食事作りが負担にならない範囲で、以下のような工夫を取り入れるのも賢い方法です。

 

①調理器具について

昔から「鉄瓶や鉄鍋を使うと良い」という言い伝えがあります。

これは、調理中に鍋から微量の鉄が溶け出し、料理に含まれる可能性があるためです。

特に、お酢やケチャップなど酸味のある調味料を使って長時間煮込む料理では、溶出量が増える傾向があります。

ただし、過度な期待は禁物です。

以下の点を理解しておきましょう。

 

【知っておきたい注意点】

  • 溶出量は不安定:調理時間、食材、調味料、鍋の状態によって溶け出す量は大きく異なり、一定ではありません。また、表面加工(テフロン等)された鉄フライパンからは溶出しません。
  • あくまで補助:これだけで1日の必要量をすべて補えるわけではありません。
  • 基本は「食事」から:まずは食材からの摂取を基本と考え、鉄鍋は「もし使えたらラッキー」くらいの補助的な位置づけで活用しましょう。

※食事制限を受けている方は、鉄製調理器具の使用についてかかりつけ医にご相談ください。

 

②おやつの選び方を変える

食事量が落ちて一度にたくさん食べられない時は、間食(補食)も貴重な栄養補給のチャンスです。

スナック菓子を以下のような「栄養密度の高いもの」に置き換えてみましょう。

  • ナッツ類(アーモンド・カシューナッツ):鉄分だけでなく、亜鉛やマグネシウムなどのミネラルが豊富です。よく噛むことで脳への刺激にもなります。
    ただしカロリーは高めなので、ひとつかみ程度を目安に、食べ過ぎには気をつけましょう。
  • 高カカオチョコレート:カカオ豆そのものにミネラルが含まれています。カカオ70%以上のものなら甘すぎず、少量で満足感が得られます。
    こちらも食べ過ぎると糖質・脂質のとり過ぎにつながるため、少量を味わうイメージで取り入れてみてください。
  • ドライフルーツ(プルーン・レーズン・デーツ):鉄分と、不足しがちな食物繊維も補えます。ヨーグルトに入れたり、そのままつまんだりと手軽です。
    ただし、水分が少ない分糖質とカロリーが濃縮されています。片手に軽く乗る量(20〜30g程度)を目安に、ダラダラ食べ続けないようにしましょう。

 

【大切にしたいポイント Q&A】

Q. 鉄分サプリメントは飲んだ方がいいですか?

A. 医師や薬剤師にご相談ください。

食事からの摂取が難しい場合、サプリメントは有効な手段ですが、体質によっては「胃痛」「吐き気」「便秘・下痢」などの副作用が出ることがあります。

また、鉄の必要量は、性別(月経の有無)、年齢、妊娠の有無などによって大きく異なります。自己判断で過剰摂取すると肝臓などに負担をかけるリスクもあるため、まずは専門家に相談することをお勧めします。

※ 持病で治療中の方や、医師から食事制限を受けている方は、必ずその指示に従ってください。

おわりに:小さな積み重ねを冬の味方に

鉄分を意識した食生活は、薬のように飲んですぐに劇的に体調が変わるものではありません。

また、体が必要とする鉄の量は、性別や年齢、生活スタイルによって一人ひとり異なります。

 

大切なのは、「今の自分に足りていないものはないか?」と体に問いかけてみること。

その一つの選択肢として、

「今日はアサリのお味噌汁にしてみようかな」

「おやつをクッキーからプルーンに変えてみようかな」

「食後のお茶を少し後にしようかな」

そんな小さな工夫を取り入れてみてください。

その積み重ねが、寒さに負けない体作りの土台となります。

 

もし、対策をしても不調が長く続く場合は、「季節のせい」「年のせい」と決めつけず、医療機関で専門家の意見を仰ぐことも忘れないでくださいね。

あなたの体を守れるのは、日々の小さな気づきと、適切な対処なのです。

 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 
どうぞお楽しみに。

【参考文献】

厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」

厚生労働省「eJIM 『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 鉄」

厚生労働省「e-ヘルスネット 鉄」

文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」

 

【免責事項】 

本記事は一般的な情報の提供を目的としており、

個別の医療アドバイスや診断を目的としたものではありません。 

お身体の状態はそれぞれ異なります。

持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。