【食と暮らしのコラム 第12話】
はじめに:油を「減らすべきもの」と思っていませんか?
「健康のために、油は控えめにしましょう」
この言葉は、テレビや雑誌でよく見かけるフレーズです。
そのため、高齢者施設の食事作りやご家庭での介護食においても、以下のような判断が無意識に行われがちです。
- 「揚げ物は消化に悪いから、煮物に変えよう」
- 「脂っぽいと胃もたれするから、油抜きで調理しよう」
- 「体重管理や検査数値のために、徹底してノンオイルに」
もちろん、過剰摂取は良くありません。
しかし、シニア世代や介護を必要とする方々にとって、脂質は「減らせば減らすほど良いもの」ではありません。
実は、脂質は「体の基本構造をつくる大切な材料」であり、「生きるためのエネルギーそのもの」です。
特に食が細くなりがちな高齢者にとって、脂質を過度に避けることは、エネルギー不足(低栄養)や、肌・粘膜のトラブル、さらには「食べる楽しみ」の喪失につながるリスクさえあります。
「脂質=避けるべき悪者」ではなく、
「脂質=上手に使って、体と心を支えるパートナー」。
そんなふうに視点を少し切り替えるだけで、食事の時間はもっと豊かで安心なものになります。
今回は、誤解されがちな油の役割と、現場ですぐに使える安全な活用術を詳しく整理していきます。
目次
1.脂質って何をしているの? 体の中での3つの役割
体の中で、大工さんのように重要な仕事をしています。
①「細胞の壁」をつくる重要な材料
私たちの体は、約37兆個もの細胞でできていると言われています。
その一つひとつの細胞を包んでいる「細胞膜」の主成分こそが、脂質(リン脂質やコレステロール)です。
家で例えるなら、「壁や屋根」にあたります。
適度な脂質をとることは、丈夫な細胞膜を維持し、体を守るバリア機能を保つことにつながります。
(※極端に油を抜くと、このバリア機能に影響し、肌のカサつきなどが気になりやすくなる可能性があります)
②少量でハイパワー! 効率のよいエネルギー源
炭水化物やタンパク質が1gあたり約4kcalなのに対し、脂質は1gあたり9kcalと、2倍以上のエネルギーを持っています。
これは、「一度にたくさん食べられない高齢者」にとって非常に大きなメリットです。
食欲がない時でも、少量のおかずに油を少し足すだけで、必要なエネルギーを効率よく補給できます。
油は「省エネ体質の味方」なのです。
③ビタミンの「運び屋」になる
ビタミンA・D・E・Kは「脂溶性ビタミン」と呼ばれ、油に溶けることで体内に吸収されます。
- ニンジン(ビタミンA):油で炒める
- 青菜(ビタミンK):あえ物にゴマ油を足す
これだけで、吸収率は格段にアップします。
逆に、完全にノンオイルの食事を続けると、せっかく野菜を食べてもビタミンが十分に吸収されない可能性があるのです。
2.油は「種類」で選ぶ 〜3つのチームを使い分けよう〜
大きく3つのチームに分けて考えると、バランスが取りやすくなります。
① 魚の脂チーム(オメガ3系)
主な選手:サバ、イワシ、サンマ、アジ、ブリ、マグロのトロなど
近年、健康維持のために最も注目されている油です。体の中では作れないため、食事からとる必要があります。
スムーズな巡りをサポートし、生活習慣のケアの一助に役立ちます。
⇒活用のコツ
- 生魚の調理が大変な場合は、「サバ缶」や「イワシ缶」でもOK。
汁ごと使うことで良質な脂を逃さず摂取できます。 - 週2〜3回、メインのおかずを魚料理にするのが目安です。
② オリーブ油チーム(オメガ9系)
主な選手:オリーブオイル、キャノーラ油(なたね油)、アボカドなど
酸化(劣化)しにくく、加熱調理にも生食にも向いている「万能選手」です。
悪玉コレステロールへの影響が少なく、胃腸への負担も比較的穏やかと言われています。
⇒活用のコツ
- いつもの炒め油をオリーブオイルに変えてみる。
- サラダにドレッシング代わりにかける。
- 「香りの良さ」も特徴なので、食欲をそそるアクセントになります。
③ 日常使いの油チーム(オメガ6系)
主な選手:サラダ油、大豆油、コーン油、ごま油など
非常に身近で、多くの加工食品やお惣菜に含まれています。
体に必要な油ですが、現代の食生活では「無意識に摂りすぎている」傾向があります。
⇒バランスのコツ
- この油を「禁止」にする必要はありません。
「意識して増やそうとしなくていい」というスタンスでOKです。 - 自炊や施設調理ではオリーブ油や魚の頻度を少し増やし、自然とこのチームの割合を相対的に減らす。
これが最も現実的なバランス調整法です。
3.油の「鮮度」を意識する ~酸化した油はなぜNG?~
「どんな油を使うか」と同じくらい大切なのが、「油の状態」です。
野菜や魚と同じように、油にも「鮮度」があります。時間が経って劣化した油(酸化した油)は、風味を損なうだけでなく、体にとっても負担になります。
●「酸化」とは何か?
油が空気(酸素)、光、熱に触れることで変質することを「酸化」と言います。
酸化した油を摂取すると、以下のようなデメリットが生じる可能性があります。
- 消化への負担: 胃もたれや胸焼けの原因になり、その後の食欲を落としてしまう。
- おいしさの低下: 特有の「油臭さ」が出て、料理の味が落ちる。
- 体内のサビつき: 酸化した物質が細胞にストレスを与える可能性がある。
【現場でできる「鮮度管理」のポイント】
① 開封後は早めに使い切る
「徳用サイズ」はお得ですが、使い切るのに半年もかかるようでは鮮度が落ちてしまいます。1〜2ヶ月で使い切れる「小さめのボトル」を選ぶのが、最も簡単な健康法です。
② 保管は「冷暗所」で
コンロの横など、温度が上がりやすい場所や直射日光が当たる場所は避け、戸棚の中など涼しくて暗い場所に保管しましょう。
③ 古い揚げ油を無理に使わない
色が濃くなったり、粘りが出たり、加熱時に変なニオイや煙が出たら交換のサインです。「もったいない」と思わず、新しい油に変えることが、食べる人の胃腸を守ります。
4.話題の「MCTオイル」って何?~高齢者にこそ適した特徴
最近、介護や医療の現場でよく耳にする「MCTオイル(中鎖脂肪酸油)」。
これはココナッツなどから抽出された天然成分で、一般的な油とは少し違う、高齢者に嬉しい特徴を持っています。
●一般的な油と何が違う?
- 消化・吸収がとにかく早い
一般的な油(長鎖脂肪酸)に比べて約4倍も速く分解され、素早くエネルギーになります。体に脂肪として蓄積されにくいのも特徴です。
- エネルギー補給に活用されることがあります
食が細く、一度にたくさんは食べられないけれど、すぐにエネルギーを補給したい。そんな高齢者や、リハビリ中で体力をつけたい方に適しています。
【安全に取り入れるための注意点】
MCTオイルは便利ですが、使い方にはコツがいります。
① 加熱調理には使わない
煙が出る温度(発煙点)が低いため、炒め物や揚げ物には向きません。
「出来上がった料理にかける・混ぜる」のが基本です。
② 少量からスタートする
消化が早すぎるため、一度にたくさん摂るとお腹が緩くなることがあります。
最初は「小さじ半分〜1杯」程度から様子を見ましょう。
③ おすすめの使い道
無味無臭のものが多いので、コーヒー、味噌汁、ヨーグルト、おかゆなどに混ぜても味が変わらず、手軽にエネルギーアップができます。
5.「見える油」と「見えない油」のバランス術
油の摂取を考えるとき、調理に使う油(見える油)だけでなく、食材そのものに含まれる脂質(見えない油)にも目を向けると、献立のバランスが整います。
●「見えない油」とは?
肉の脂身、魚の脂、乳製品、パンやお菓子に含まれる脂質のことです。
これらは意識しなくても、食事の中で自然に摂取しています。
【足し算と引き算の考え方】
現場での献立作成や、家庭でのメニュー選びでは、以下のような「バランス調整」が有効です。
- メインが「脂の多い肉(ハンバーグ・豚バラ)」の場合
食材から十分な脂質(見えない油)がとれます。
→ 副菜はノンオイルの和え物にしたり、スープはさっぱり系にして、調理油(見える油)を控えめにする。
- メインが「淡白な魚・鶏ささみ・豆腐」の場合
食材の脂質が少なく、そのままだとエネルギー不足やパサつき感につながります。
→ 調理にオリーブ油を使ったり、ドレッシングやマヨネーズを添えたりして、意識的に「油を足す」ことで満足感を高める。
「油を減らそう」一辺倒ではなく、「食材が淡白なら油を足す、食材が濃厚なら油を引く」。
この調整ができるようになると、栄養バランスが整うだけでなく、食事の最後まで飽きずに食べられるようになります。
6.栄養士の視点~油は『生活の質』を保つ道具~
私たち栄養士が、高齢の方の食事相談を受けていて最も懸念するのは、「真面目な方ほど、過去の制限を引きずりすぎてしまう」という点です。
①「働き盛りのメタボ対策」から「高齢期のフレイル・低栄養への配慮」へ
働き盛りの40〜50代では、生活習慣病やメタボを意識して「カロリー制限・脂質制限」が重視されることが多くなります。
一方、70代・80代を超えてくると、体の状態は大きく変わります。
この時期に問題になりやすいのは、むしろ「痩せ(低栄養やフレイル)」です。
若い頃と同じ感覚で「油は体に悪いから」と粗食を続けていると、体を維持する予備能力が枯渇し、抵抗力の低下につながる可能性があるとされています。
高齢期に入ったら、医師から特別な食事制限の指示がない場合は、「制限する食事」から「しっかりと栄養を蓄える食事」へと、視点を切り替えることが大切です。
②脂質は「心の栄養」でもある
脂質には、単にエネルギーになるだけでなく、食べた時の「満足感」や「幸福感」を脳に届けるという不思議な力があります。
あっさりしたものばかりの食事は、栄養素としてのカロリーは満たせても、どこか気持ちが満たされないことがあります。
「ああ、美味しかった」と深く息をつけるような食事の満足感は、精神的な安定や、明日への生きる気力に直結しています。
③「食べる楽しみ」を守るために
「好きなものを食べる」ことは、人間としての尊厳や喜びそのものです。
数値を気にして、クリームたっぷりのデザートや、好物の天ぷらをすべて我慢してストレスを溜めるよりも、適度に楽しんで「心身ともに上機嫌でいること」の方が、結果として日々の活力維持につながるケースも多くあります。
油を敵視して食卓から排除するのではなく、「私たちが元気に動くためのガソリン」として、ポジティブに付き合っていく視点が、今の時代の栄養ケアでは重視されています。
おわりに:油は敵ではなく、味方
まとめ
脂質は細胞の材料であり、効率的なエネルギー源です。
② 鮮度が命
古い油は消化の負担になります。
開封後は早めに使い切り、冷暗所で保管しましょう。
③ MCTの活用
素早くエネルギーになるMCTオイルは高齢者の味方ですが、加熱せず少量から使いましょう。
④ バランス調整
淡白な食材には油を足し、脂っこい食材の時は油を控える「足し算・引き算」がコツです。
⑤ 個別性
体調や好みに合わせて、その人に合った油の量と種類を見つけましょう。
参考文献
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
- 厚生労働省 健康日本21アクション支援システム ~健康づくりサポートネット~「脂肪 / 脂質」
- 農林水産省「食事バランスガイド」
- 文部科学省『日本食品標準成分表2020年版(八訂)』
【免責事項】
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、
個別の医療アドバイスや診断を目的としたものではありません。
お身体の状態はそれぞれ異なります。
持病をお持ちの方や食事制限が必要な方、また気になる点がある場合は、安全のため、必ず主治医(かかりつけ医)にご相談ください。