【野菜のコラム 第6話】

はじめに

キャベツは、ひと目ではその全貌がつかめない野菜です。

外側の固く青い葉をそっとめくると、その内側には、色の薄い、まだ若く柔らかな別の層が続いています。

包丁を入れるまでその核(コア)は見えず、一枚ずつほどくまでその構造は明らかになりません。

キャベツは、生育の過程で葉が内側へ巻き込みながら重なり合い、現在の結球した形が形づくられます。

なぜキャベツは、結果として「閉じるような形」になり、幾重にも重なる構造を持つに至ったのでしょうか。

本稿では、一枚一枚の葉が集まり、全体としてひとつの球(たま)を成すこの野菜を、植物学や歴史、文化などの様々な視点を行き来しながら、「共同体」というキーワードで読み解いていきます。

1. 層として生きる ~単独では成立しない構造~

キャベツの最大の特徴は、植物学で「結球(けっきゅう)」と呼ばれるその層構造にあります。

畑にあるキャベツを見下ろすと、それはまるで緑色の薔薇のように、あるいは幾何学的なオブジェのように鎮座しています。

どの葉も、単独では主役になり得ないのかもしれません。

一枚だけを取り出せば、それはただの葉にすぎません。しかし、キャベツは全体として以下のような機能を持つことで、一つの高度なシステムとして成立しています。

外側の葉(外葉)

大きく展開して光合成を担い、成長に必要な養分を供給すると同時に、風雨や害虫などから内部を物理的に保護する役割も果たしている。

 

内側の葉(結球葉)

外葉でつくられた同化産物(糖など)の供給を受けつつ、生長点周辺を包む形になり、結果として次の成長段階への「備え」につながる。

 

外側が環境に立ち向かい、内側が生長点を含む中心部を包み込む。

この構造により、キャベツは高い密度を獲得しました。

それはあたかも、個々の役割が組み合わさって機能する、あくまで比喩としてですが、人間社会の組織図になぞらえて読むこともできます。

2. 原型は「開かれた葉」だった ~進化の旅路~

現在私たちが目にする丸いキャベツは、最初からあの形だったわけではありません。

その起源を辿ると、植物の変化の歴史と、人間による選別の積み重ねが浮かび上がってきます。

 

ヨーロッパ沿岸からの出発

植物学的な起源としては、ヨーロッパ沿岸域に自生する野生キャベツ(Brassica oleracea)とその近縁群に連なるとされ、起源の細部には諸説があります。

それは現在のケールに近い「非結球タイプ」を思わせる、茎が立ち葉が大きく開いた姿だったと説明されることが多いです。

沿岸の岩場などで見られるタイプが語られることが多く、風や乾燥への耐性を持つ個体が含まれていたと考えられています。

人為による「選択の積層」

栽培化の過程で、人が“食べやすさ・扱いやすさ”に寄った形質を選抜してきた結果、現在のような形が強まった、そう整理して説明されることが多いです。

葉を大きくし、肉厚にする(可食部を増やす)

苦味を減らし、柔らかくする(食べやすくする)

葉が内側へ強く巻き込む性質(結果として保存性や運搬性に優れた形質)

 

キャベツのあの丸さは、厳しい自然環境への適応要因も含みつつ、長い栽培の中で人が好んだ形質が繰り返し選抜され、現代の品種群として強く現れるようになった結果なのかもしれません。

3. 古代ローマと「頼れる野菜」

キャベツと人類の関わりは古く、古代ローマ時代には既に重要な地位を占めていました。

ローマの政治家であり文筆家であったカトー(大カトー)は、その著書『農業論』の中で、キャベツ(当時は結球していないタイプが主流だったと推測されますが)を、当時の食生活において特に重要な野菜として高く評価しています。 当時のローマ人にとって、キャベツは単なる食料以上の存在でした。

日常の糧として

酢などで味付けして食べられた、と伝えられています。

宴席とキャベツ

酒宴の前後と結びつけて語られる話が残っています。(文献・伝承の扱いは地域や時代で揺れます)。

 

文明の黎明期から、キャベツは人々の生活と日常を支える「頼れる隣人」としての地位を確立していたのです。

4. 守るために重なる ~「ブルーム」と層の機能~

キャベツの外葉をよく見ると、白っぽい粉のように見えるものが付いていることがあります。

これは「ブルーム(果粉)」とも呼ばれる表面のワックス成分(エピクチクラワックス)で、水分損失の抑制や外的ストレスへの耐性に関わるとされています。

キャベツはこの「白いコート」を身にまとい、さらに幾重にも葉を重ねることで、身を守ってきました。

葉の重なりや表面のワックスは、乾燥などのストレスを受けにくくし、水分損失を抑える方向に寄与すると説明されることがあります。

いわば、自前の「保護膜」を重ねていく仕組みです。

外側の葉は、風雨や害虫等に晒され、傷つき、硬くなります。

しかし、その最も外側にある層が環境の矢面に立ち続けてくれたからこそ、内側の柔らかく瑞々(みずみず)しい部分は守られます。

これは偶然ではなく、生存のために獲得された巧妙な仕組みなのです。

 

5. 寒さが生む甘み ~逆境を力に変える~

冬のキャベツが甘いと感じたことはありませんか?

これには、植物生理学的な理由があります。

寒冷な環境では、凍結による細胞損傷を避けるために糖の蓄積や組成が変化します。

その結果、品種・収穫時期・保存条件によって差はあるものの、甘みが増したように感じられることがあります。

水に砂糖を溶かすと凍りにくくなる(凝固点降下)現象は、あくまでイメージとして近い例えです。

凍らないための防衛策

結果として生まれる甘み

 

寒さという「逆境」に対し、自らを甘く変化させることで生き残る。

冬のキャベツが持つ深い味わいは、その忍耐と生存戦略の証と言えるでしょう。

このメカニズムもまた、私たちがキャベツから学べる「生きる姿勢」の一つかもしれません。

 

6. ヨーロッパの食卓と共同体

キャベツは、古くからヨーロッパ、特に寒冷な地域の農村社会に深く根づいてきました。 その背景として、当時の農村共同体にとって扱いやすかった点を、次のように整理することができます。

 

共同体を支える「保存性」

結球したキャベツは内部が空気に触れにくく、葉が重なって保護されるため、一般に葉物の中では比較的日持ちしやすいとされます。

冷蔵庫のない時代、冬を越すための食料備蓄として、有力な選択肢の一つだったと考えられます。

 

発酵という知恵「ザワークラウト」

特にドイツや東欧では、「ザワークラウト(乳酸発酵キャベツ)」が食卓の定番です。 大きな木樽に刻んだキャベツと塩を入れ、重石をして漬け込む。

やがて乳酸菌の働きで酸味が生まれ、保存性が高まります。

これは冬季の貴重な保存食として重宝され、保存性を高める工夫として、共同体の暮らしを支えていたと語られることが多いです。

ザワークラウトは、共同体にとって冬を越すための「保存の技術」そのものでもありました。

 

キャベツは、個食というよりは「共食(きょうしょく)」の風景と共にあり、共同体の冬を支えるインフラのような存在として機能していたと考えられます。

 

7. 伝承の中のキャベツ ~「赤ちゃん」と結びついた背景~

ヨーロッパ、特にフランス語圏では、「赤ちゃんはキャベツ畑から生まれる(見つかる)」という言い回しが知られています。

なぜ、他の野菜ではなくキャベツだったのでしょうか。

これについては民俗学・文化研究で諸説あり、語られ方は時代・地域・家庭文化によって揺れます。ここでは代表的な見方をいくつか挙げます。

豊穣と生命の象徴

何枚もの葉が重なり合い、ずっしりと重いその姿が、生命を孕む(はらむ)姿を連想させた。

 

中心の神秘性

幾重にも守られた中心には成長の起点(生長点)があり、やがて次の段階で新しい変化(抽苔・開花)へつながっていく。

 

かつての人々は、葉が堅く守るその中心に、生命の神秘を見ていたのかもしれません。

キャベツは単なる食材を超え、生命の循環を象徴するアイコンとしても機能していました。

 

8. 層が生む安心感と予測可能性

キャベツを包丁で切ると、「ザクッ」という音とともに、中から次々に密な葉が現れます。 この「めくっても次がある」「中身が詰まっている」という構造は、比喩的に言えば、食べる側に安心感を連想させる要素を含んでいるのかもしれません。

剥がしても崩れにくい構造

全体が急に失われにくい耐久性

 

生活が不安定になりがちな時代背景において、この「予測可能な重み」は、人々にとって価値を持っていたと考えられます。

スカスカではなく、しっかりと中まで詰まっていること。 キャベツを持つときの重量感は、そのまま生活の安定感として受け止められてきた側面があるようです。

 

9. 日本の食卓での受容 ~洋食との出会い~

日本への導入は江戸期に遡る説もありますが、現在のような食材としての普及と生産・流通の整備を軸に見ると、明治期以降に定着が進んだと整理して語られることが多いでしょう。

それ以前も「葉牡丹」の原種として観賞用には入っていましたが、食卓の主役になったのは「洋食」の普及とセットでした。

 

トンカツの相棒として

特に象徴的なのが、「トンカツ(カツレツ)に千切りキャベツを添える」というスタイルです。

これについては、洋食の普及とともに、揚げ物に千切りキャベツを添える形が“定番化”していったという説明がよく見られます(定着には複数要因が重なったと考えられます)。

脂っこい肉料理に添えることで、口当たりをさっぱりと感じさせる役割

一年中安定して手に入る供給体制

生食が一般化するための社会的・流通的な環境の整備

 

こうした要素が重なった結果として、千切りキャベツは“定番”として広まったと説明されることが多いです。

 

粉もの文化との融合(関西の視点)

また、関西地方を中心に発展したお好み焼きをはじめとする粉もの料理において、キャベツは欠かせない存在です。

細かく刻むことで甘みを引き出し、生地のかさ増しをしつつ、軽やかな食感を生む。ここではキャベツは主役ではありませんが、全体をまとめる不可欠な「つなぎ役」を果たしています。

 

10. 芯(Core)の価値 ~捨てられる「中心」~

調理の際、多くの人がキャベツの「芯」を切り落として捨ててしまいます。

硬くて食べにくいと思われがちな芯ですが、芯の近くには成長の起点(生長点)があり、個体にとって重要な役割を担う領域でもあります。

個体差はあるものの、加熱すると甘みを感じやすい場合がある

部位の特性や調理条件によって印象は変わります。(繊維質の印象が先に立つこともあります)。

成長の起点に関わる

芯の近くには生長点があり、そこから次の成長段階へつながっていく。

 

薄くスライスしてゆっくり火を入れたり、時間をかけて煮込んだりすることで、捨てられがちな芯も、驚くほど甘く穏やかな味わいに変わります。

「硬いから」「不要だから」と切り捨てられがちな中心にこそ、本当の甘みが隠されている。

これもまた、キャベツが語る逆説的な真実の一つです。

 

11. 一枚の価値と全体の価値

キャベツの葉は、一枚一枚を見れば決して強いものではありません。

生のままではパリッと割れやすく、加熱すればすぐにくたっとしてしまいます。

しかし、それが何十枚と重なり合い、互いに支え合うことで、踏まれても簡単には潰れないほどの弾力と強度を持つ「球」になります。

強さは、一枚の葉にあるのではなく、その「重なり」に宿っています。

個々の能力には限界があっても、役割を持って集まることで、強固なシステムとなり得る。

こうした構造は、キャベツという具体例を通して、私たちの社会や組織のあり方を考えるための比喩として読むこともできるでしょう。

 

12. 結び 

キャベツは、個を主張しすぎず、役割を分かち合い、全体として完成する野菜です。

中心の柔らかい部分だけが重要なのではなく、外側の硬い葉だけが価値を持つのでもありません。すべての層が、必要な位置で、必要な役割を果たしています。

文明や文化もまた、過去からの「重なり」によって維持されています。

私たちは一人で生きているようでいて、比喩的に言えば、無数の「外葉」に守られ、あるいは誰かの「芯」を守る役割を果たしているのかもしれません。

そう感じる人がいても、不思議ではありません。

キャベツの生存戦略は、私たちの生活の比喩としても読めるというその余白が、この野菜の面白さでしょう。

今日の食卓にあるキャベツの断面を眺めるとき、そこに、長い時間をかけて積み上げられた「集団で生きるための知恵」を感じ取ることができるのではないでしょうか。

【参考文献】

  • マルクス・ポルキウス・カトー『農業論』
  • マグロンヌ・トゥーサン=サマ『世界食物百科』