【魚コラム 第4話】

秋が近づくと、風の色がすこし変わります。

太陽は高いところから傾きはじめ、影は細長く伸びる。

その移ろいを感じとるより先に、どこからともなく漂ってくる香りがあります。

細く、甘く、ほのかに青い香り。

七輪の上で脂を落としながら焼けていくサンマの匂いは、

季節の始まりをそっと知らせる合図のようでもあります。

 

サンマは、秋という季節の輪郭をもっとも鮮やかに映し出す魚のひとつです。

ほかの魚と比べても、季節との結びつきがとても強く、

『秋が来た』という実感を運んでくれる存在として長く親しまれてきました。

 
サンマ

1.サンマの名前の由来
~刀のように細く、光を映す身体~

サンマの語源には諸説あります。

古語の「狭真(さま)」や、細身の魚を指す「狭魚(さま)」が変化したとする説がよく知られています。

しかし、サンマの魅力をもっとも端的に表すのは、やはり漢字の表記です。

【秋刀魚】

』の季節

』の形

』という命

この三つの意味がひとつにつながる文字は、どこか詩のようでもあります。

サンマは、まっすぐで細く、海面の光を受けると銀の刃のように輝きます。

 

その姿は生きものというより、一本の細い光の線のよう。

形の美しさがそのまま名前に映し込まれた。

そんな特徴をこれほど強く感じさせる魚は、サンマが際立っています。

 

2.サンマの旬は、秋の深まりとともに

~季節と味わいが寄り添う魚~

サンマの旬は、ほかの魚と比べても季節との結びつきがとても明確です。

脂が乗り、味が最高潮になる時期と、秋の深まりが見事に重なります。

● 〈9〜10月〉脂が輝く『秋のサンマ』

皮のすぐ下に脂が満ち、焼けば火に落ちる脂がぱちぱちと弾ける。

その煙には、サンマに特有の甘い青さが混ざり、

台所いっぱいに秋の匂いが広がります。

この香りは、脂に含まれる揮発性成分

(アルデヒド類、ケトン類など)の作用によるもの。

科学的にも説明できる香りですが、

人にとってはただ『秋が来た』という感覚として刻まれています。

 

● 〈11〜12月〉身が締まり、凛とした『寒サンマ』

晩秋から初冬へ、サンマは脂が少し落ち、身が締まります。

秋のような濃密な甘さよりも、魚本来の香りが前に出る。

季節の移り変わりが、まるで魚の体に直接書き込まれていくようです。

 

3.サンマを焼くという行為
~煙がつくる、『秋の匂いの風景』~

サンマが焼けていく姿には、他の魚とは少し違う特有の美しさがあります。

皮が反り、銀色の表面が波打つように動き、溶けた脂がしたたり落ちて火に触れると、

甘い青さを含んだ特有の煙が立ち上る。

青魚の脂はもともと香りが強いものですが、サンマの脂は融点が低く香り立ちが良いため、焼き網に触れたときの匂いがより鮮明に広がります。

 

秋空の下でゆらぐ煙の線は、季節を描くひとつの風景のよう。

日々の忙しさの中で、誰もが一度は立ち止まりたくなる瞬間をつくってくれます。

 
サンマを七輪で焼いている

4.光に向かう習性が生んだ漁法

~夜の海を照らす、サンマ漁の光景~

サンマには、光に集まる「走光性」が強く見られます。

この習性を利用したのが、サンマ独自の漁法です。

 

● 棒受網漁法(ぼううけあみ)

集魚灯の強い光でサンマを表層へ誘い、長い棒と網で一気にすくい上げる。

秋の夜、海面に帯のような光が走り、その下に銀色のサンマが乱れながら集まる。

この光の群れは、サンマ漁ならではの風景で、漁師だけが見ることのできる季節の輝きです。

 

5.海の気配をうつす魚・サンマ

サンマの旅路は、ほかの魚種と比べても季節の変化に敏感です。

表層を大きな帯のように移動するこの魚は、

海水温や潮の流れがわずかに変わるだけで、

姿を見せる場所も、群れの密度も大きく変わってしまう。

 

そのため、サンマの豊漁・不漁は、ほかの魚以上に 『季節の実感』 に直結しています。

 

「今年の秋は、まだサンマの顔が見えない」

「ようやく群れが南下してきた」

そんな声が沿岸に響くとき、

人は海の変化を、まるで手紙のように受け取ってきました。

 

サンマは、海と季節の微細な揺らぎをそのまま映す魚です。

その年の海の表情が、一尾の姿や香りにそっと刻まれています。

 

6.サンマの栄養価

~脂が運んでくる、秋の恵み~

サンマは脂の多い魚として知られています。

その脂にこそ、秋の魚としての力強さが宿っています。

【サンマ(皮つき生)可食部100gあたり】

エネルギー:287kcal

脂質:25.6g

たんぱく質:18.1g

ビタミンD:16μg

ビタミンB6:0.54mg

ビタミンB12:16μg

カリウム:200mg

マグネシウム:28mg

カルシウム:28mg

亜鉛:0.8mg

【参考文献】文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)」

 

特に秋のサンマは、皮の下に細く光るような脂を帯び、

その質の良さが季節の深まりとともに際立っていきます。

 

「今年のサンマは脂がいい」という一言に、その年の海の表情までにじむ。

そんな季節の移ろいが、サンマの脂には静かに宿っています。

7.サンマ特有の鮮度の見分け方

~黄金の口先が教えてくれること~

サンマには、鮮度を見抜くための独特の指標があります。

✓ 口先が黄色い

もっとも有名な鮮度のサイン。

時間が経つと薄れるため、特にわかりやすい。

✓ 背中の青が澄み、銀の帯が明るい

サンマ特有の光沢が、鮮度の落ちとともに曇る。

✓ 身がまっすぐで張りがある

鮮度が落ちるほど曲がりやすくなる。

 

こうした特徴を知っていると、市場でサンマを選ぶ時間までもが、

秋を楽しむひとつの儀式になります。

8.秋を祝う魚

~『季節の初物』 としての存在感~

サンマは、秋の始まりを祝う魚として、

さまざまな土地で大切にされてきました。

目黒のさんま祭り

三陸の初水揚げニュース

根室の豊漁を願う行事

ニュースで初物が注目される魚はいくつかありますが、

サンマはその代表的な存在として、

毎年、多くの人々を秋の空気へと誘います。

 

一尾のサンマに、その年の海や季節の気配が宿っているように感じられる。

それもまた、サンマの魅力のひとつです。

 

おわりに

~サンマは、季節を照らす細い光~

サンマは細長い魚です。

その姿は、まるで空に伸びる線のようで、焼けば煙がまっすぐに立ちのぼる。

その煙は、秋という季節の入口にそっと灯る小さな光。

 

季節が深まり、海が変わり、サンマの味が年ごとにすこしずつ違っても、

そこに『秋を受け取る喜び』はいつも変わりません。

 

今年のサンマはどんな表情をしているのか。

どんな旅をしてきたのか。

どんな香りを連れてくるのか。

一尾の秋刀魚を前にしたとき、私たちは秋そのものを味わっています。

 

サンマは、季節の光をすっと照らす魚。

その存在は静かで、短くて、そして深い。