【野菜のコラム 第8話】
はじめに
小松菜は、ふだんの食卓にいちばん近い場所で育ちながら、行事の椀にも自然に収まる野菜です。
平日の炒め物として手早く働き、 地域によっては正月の雑煮の『菜』として迎えられることもあり、一年の無事を願う役目も引き受けます。
派手な主張はしませんが、その深い緑色は、 日常の雑踏から祝祭の静寂まで、あらゆる場面に調和します。
実用性と、凛とした品格。
そうした特性から、小松菜は時代を超えて選ばれ続けてきました。
なぜ、私たちはこれほどまでに小松菜を信頼するのでしょうか。
それはおそらく、この野菜が私たちの生活の中で、静かに使われ続けてきた存在だからです。
本稿では、歴史の舞台から日々の食卓まで、暮らしが更新され続ける現場に立ち続けた野菜として、小松菜という葉の歩みを辿ります。
目次
1. 名もなき葉から、名を持つ野菜へ
小松菜は、近代的な意味での品種区分が定まる以前、広く青菜として扱われてきた経緯があります。
ルーツを辿ると、古くから日本にあった「カブ(蕪)」や、在来の菜っ葉に連なる、そんな来歴が重ねられてきました。
根を食べるカブが葉を食べる方向へ分化していったという説、あるいは「葛西菜」などと呼ばれていた青菜が改良されたという説。
それが小松菜の成り立ちとして、複数の筋書きで語り継がれてきました。
江戸時代(中期以降)ごろ、現在の東京都江戸川区小松川周辺で栽培されていた青菜については、名称の由来として語られるよく知られた逸話があります。
将軍にまつわる伝承です。吉宗説がよく知られますが、綱吉説もあります。
いずれにせよ、土地に残る語り継ぎとして受け止められてきました。
伝承では、鷹狩りで立ち寄った将軍が献上の青菜を気に入り、「小松川」にちなみ「小松菜」と呼ぶよう命じたと伝えられています。
史実かどうかはともかく、この伝承が残ったこと自体が示すものがあります。
小松菜は、品種改良の偉人や神話ではなく、名前に土地が残る、その一点で、この葉の輪郭が立ち上がります。
これは、小松菜の“生まれ方”を象徴する話として、よく語られます。
特定の人物の功績ではなく、「その土地の生活」に根ざしていたこと。
この成り立ちは、小松菜が最初から「物語」よりも「生活」に近かったことを教えてくれます。
2. 都市に適応するという才能
江戸は、当時として人口が集中した巨大都市でした。 多くの人々が密集して暮らす都市において、食料供給は大きな課題です。
そこで求められたのは、美食家の舌を唸らせる希少性ではなく、以下の条件を満たす「実務的な野菜」でした。
・生育の早さ:種を撒いてから短期間で収穫できること
・収穫の安定性:天候のぶれによる影響を受けにくいこと
・鮮度の維持:近郊から運び、しなびる前に届くこと
小松菜は、そうした条件に強い葉として、江戸の暮らしに合っていました。
とりわけ生育が早い葉物として、回転の早い青菜として重宝されてきました。
そして何より、近郊から運べる距離にあった。
江戸では、都市から出る下肥が近郊へ運ばれ、野菜栽培などに活用される循環が見られたとされています。
そうした都市と近郊の循環の中で、葉物は『育てやすく、運びやすい作物』として日常に組み込まれていったと考えられます。
小松菜も、その系譜に連なる野菜の一つです。
小松菜は、都市の呼吸に合わせて育つ野菜です。 長期保存や華やかさではなく、継続供給と即応性。
この性質のまま、今も東京の台所へ届いています。
3. 「アク」が控えめな実力者 ~ほうれん草との対比~
4. 静かなる剛健さ ~栄養という兵站~
ケールのような力強い縮れもなく、ハーブのような鮮烈な香りもない。
しかし、その平穏な緑色の内部には、確かな「剛健さ」が秘められています。
台所では、栄養を含む青菜として扱われてきました。
とくにカルシウムは、食品成分表でも比較的多く含まれる成分として整理されています。
- こまつな(ゆで)可食部100gあたり:カルシウム 150mg
江戸の人々が、現代のような栄養学の知識を持っていたわけではありません。
しかし、彼らもまた、経験の中で『頼れる葉だ』と感じていたのでしょう。
忙しく、労働の激しい都市生活の中で、経験的に「頼れる葉」として、日々の食事の定位置になっていったのかもしれません。
小松菜は、栄養を誇示しません。
「スーパーフード」といった華々しい呼び名で語られることも少なく、都市で暮らす人々の暮らしを下支えする存在として、ただ黙って、そこにありました。
それはまさに、食卓における「沈黙の兵站(へいたん)」です。
派手な効能書きよりも、日々の摂取が暮らしの底を支える。
小松菜の真価は、その慎ましさと強靭さのギャップにこそあります。
5. 油と火を味方にする「仲介者」
それは「油」と出会ったときです。
葉野菜の中には、油を吸うと食感や色味が変わりやすいものもありますが、小松菜は油を用いた調理において、火にかけても、緑が比較的引き締まって見える、そう感じられる場面が多くあります。
ここで小松菜は、台所の守備範囲を広げます。
油が入ると、うまさが立ち上がる、そういう葉です。
味の面でも同様です。
豚肉の脂、ごま油のコク、揚げ出し豆腐のつゆと油。
小松菜はそれらを拒絶せず、表面にしっかりと受け止め、なおかつ自らの茎の水分が、脂の余韻をさらっと切る、そんな印象を残します。
小松菜は、食材と食材をつなぐ優秀な「仲介者」です。
肉と野菜、油と水。
本来混ざり合わないものを、フライパンの中で一つの「料理」へとまとめ上げる調整力。
炒め物が日本の家庭料理として広がっていく過程で、油と火を恐れないこの葉は、相棒として台所に定着していった、そう考えることもできます。
6. 日常に馴染む設計
7. 食卓に響く「生」の音
小松菜の特徴。
それは、咀嚼した瞬間に耳へ届く「音」にあります。
加熱しても残りやすい、茎の繊維質。 噛み締めるたびに鳴る、軽快な破砕音。
その音は、私たちが野菜の「瑞々(みずみず)しさ」を味わっているという実感にもつながります。
煮込まれた料理が多い食卓の中で、小松菜の歯ごたえはアクセントになります。
それは音楽における打楽器のようなものです。
単調になりがちな食事のリズムを引き締め、次の一口を誘う。
小松菜が添えられているだけで、食事全体にメリハリが生まれるのは、この「音の演出」があるからに他なりません。
私たちは無意識のうちに、耳でも小松菜を味わっているのかもしれません。
8. 季節をまたぐ葉、雪を待つ甘み
春の菜の花、夏のアスパラガスのように、「今しか食べられない」という限定感を売りにはしません。
しかし、小松菜にも、一般に語られる「旬の中心」があります。
それは冬です。
小松菜は寒さに比較的強い野菜です。
いわゆる「寒締め」の季節になると、冬の小松菜は甘みが増すと感じられることがあり、肉厚に育つ傾向があるとも言われています。
冬の小松菜は、甘みを増すだけでなく、土地によっては役割まで変えます。
尾張地方(愛知県周辺)では、「正月菜」「餅菜(もちな)」と呼ばれる在来の菜っ葉が雑煮に用いられてきました。
これらは小松菜と近縁の葉物であり、地域や家庭によっては別品種を指す場合もあれば、流通状況によって小松菜が用いられることもあります。
「菜(名)を上げる」という言葉遊びも添えられ、縁起を担ぐ意味合いで椀に収められてきました。
それでも、小松菜は暦よりも生活に寄り添う野菜です。
寒さには甘みで応え、暑さには成長の速さで応える。 旬を強く主張しすぎないからこそ、小松菜は一年を通して、日々の段取りを支えてきました。
9. 技術とともに変わるが、役割は変わらない
時代は変わり、栽培技術は土耕から水耕栽培(養液栽培)へと広がりました。
環境次第では虫害の影響を受けにくい場合もある、整った葉姿の小松菜が、スーパーマーケットだけでなく、より身近な売り場でも見かけられるようになりました。
栽培技術が進み、流通の仕組みが変わっても、小松菜の立ち位置は、大きくは変わっていません。
速く、安定して、日常へ届く。
小松菜は、都市の更新に合わせて、役割を更新してきました。
かつて江戸の長屋で味噌汁に入れられていた葉は、今、現代的なキッチンのフライパンにあります。
形や調理法が変わっても、「今日も使える」「冷蔵庫にあれば安心」という性質は失われません。
変化する都市の中で、変わらない役割を担い続ける。
それが、小松菜の強さです。
10. 食事の隙間を埋める「柔軟性」